記憶に関する驚きの事実を知って、教育に対する考え方が大きく変わりました。
人間の記憶は、1日経つと74パーセントも失われてしまうというのです。
この数字を聞いたとき、正直なところ信じられませんでした。
考えてみれば、私たち誰もが経験していることかもしれません。
昨日読んだ本の内容、先週参加した会議の詳細、以前受けた研修の内容など、思い出そうとしても曖昧になっていることが多いのではないでしょうか。
これは決して記憶力が悪いからではなく、人間の脳の自然な仕組みなのです。
この事実を知ったとき、教育に携わる者として深く考えさせられました。
どんなに素晴らしい内容を伝えても、どんなに熱心に説明しても、74パーセントが1日で失われてしまうとしたら、果たして受講者にとって本当に価値のある学習体験を提供できているのだろうかと。
IT技術の分野に長年関わってきた中で、多くの受講者と接する機会がありました。
研修が終わった直後は「よく分かりました」「勉強になりました」という声をいただくことが多いのですが、数日後、数週間後に同じ内容について質問を受けることも珍しくありません。
以前は「復習が足りないのかな」と思っていましたが、記憶の仕組みを理解してからは、これは当然のことなのだと納得できました。
この気づきをきっかけに、学習の効果を最大化するためにはどうすればよいのかを本格的に考えるようになりました。
記憶が失われやすいのであれば、それを前提とした学習方法を提案し、実践していく必要があります。
最初に取り組んだのは、アウトプットの機会を増やすことでした。
従来の講義スタイルでは、受講者は主に情報を受け取る側でした。
しかし、記憶の定着を考えると、受け取った情報をすぐに使ってみる、自分の言葉で説明してみる、他の人に教えてみるといったアウトプットが重要になります。
プログラミングの講習では、説明の後に必ず実際にコードを書いてもらう時間を設けるようにしました。
理論的な説明だけで終わらせず、手を動かして実際に体験してもらうことで、記憶への定着が格段に向上しました。
また、受講者同士でペアを組んで、学んだ内容を相手に説明してもらう時間も作りました。
人に教えることで、自分の理解度も確認でき、同時に記憶の定着も促進されます。
次に工夫したのは、まとめ資料の提供方法です。
以前は、講習の最後に総まとめの資料を配布していました。
しかし、記憶の仕組みを考えると、学習直後よりも、時間が経ってから復習できる資料の方が重要だと気づきました。
そこで、講習内容を段階的に復習できる資料を作成することにしました。
当日のまとめ、1週間後の振り返り用資料、1ヶ月後の総復習用資料というように、時間の経過に合わせて内容を整理した資料を提供するようになりました。
これにより、受講者は適切なタイミングで必要な情報を確認でき、記憶の定着率が大幅に改善されました。
また、記憶は繰り返しによって強化されるという原理に基づいて、スパイラル学習という方法も取り入れました。
一度学んだ内容を、異なる角度から、異なる文脈で、何度も触れてもらうことで、記憶の定着を図ります。
例えば、変数の概念を学んだ後、条件分岐を学ぶ際にも変数を使い、ループ処理を学ぶ際にも変数を使うといった具合に、基本的な概念を様々な場面で活用してもらいます。
受講者の反応を見ていると、この記憶の特性について知ることで、学習に対する不安が軽減されることが分かりました。
「覚えられない」「理解できない」と自分を責めてしまう方が多いのですが、「忘れるのは当然のこと」だと理解すると、学習に対する心理的な負担が軽くなるようです。
忘却は敵ではありません。
むしろ、脳が効率的に情報を処理するための重要な機能です。
すべての情報を永続的に記憶していたら、脳の容量は足りなくなってしまうでしょう。
重要なのは、本当に必要な情報を適切な方法で記憶に定着させることです。
この観点から、学習内容の優先順位付けも重要になってきます。
すべてを均等に覚える必要はありません。
核となる重要な概念や、頻繁に使用される知識を優先的に定着させ、詳細な情報については必要に応じて参照できるような仕組みを作ることが大切です。
記憶の研究によると、エピソード記憶は意味記憶よりも定着しやすいという特性があります。
つまり、単純な事実や手順を覚えるよりも、それに関連する体験や感情と結びついた記憶の方が残りやすいのです。
この特性を活かして、学習内容をできるだけ体験や感情と結びつけて提供するよう心がけています。
例えば、プログラミングのエラー処理について説明する際、単に文法を教えるだけでなく、「実際にこんなエラーが発生して困った経験」や「このエラー処理のおかげで大きなトラブルを回避できた話」などを交えて説明します。
このような文脈があることで、技術的な内容もより記憶に残りやすくなります。
また、記憶の定着には感情的な要素も重要です。
楽しい、驚いた、達成感を感じたといった感情と結びついた記憶は、そうでない記憶よりも強く残ります。
講習においても、できるだけ楽しく学べる環境を作り、小さな成功体験を積み重ねてもらうことで、学習内容の記憶定着を促進しています。
記憶の特性を理解することで、学習計画の立て方も変わりました。
短期間で大量の情報を詰め込むよりも、適度な間隔を空けて繰り返し学習する方が効果的です。
これは「分散学習効果」と呼ばれる現象で、記憶の定着率を高めるための重要な原理です。
受講者にも、この原理を理解してもらい、自分なりの学習計画を立ててもらうようにしています。
一度に多くを学ぼうとせず、少しずつでも継続的に学習を続けることの大切さを伝えています。
記憶の仕組みを理解することは、学習者にとっても教える側にとっても大きなメリットがあります。
学習者は、忘れることに対する不安から解放され、より効果的な学習方法を選択できるようになります。
教える側は、より効率的で持続可能な教育方法を提供できるようになります。
しかし、記憶の定着だけが学習の目的ではありません。
大切なのは、学んだ知識を実際に活用できるようになることです。
記憶に定着させることは、その第一歩に過ぎません。
定着した知識を基に、新しい問題を解決したり、創造的な活動に活かしたりできるようになることが最終的な目標です。
そのためには、記憶の定着と合わせて、応用力や思考力を育てることも重要です。
単純に覚えるだけでなく、なぜそうなるのか、どのように応用できるのか、他の知識とどのように関連するのかといった深い理解を促進することが必要です。
現代はインターネットによって、いつでもどこでも情報にアクセスできる時代です。
だからこそ、すべてを記憶する必要はないかもしれません。
しかし、基本的な知識や頻繁に使用する情報については、やはり記憶に定着させておく方が効率的です。
記憶に定着している知識は、瞬時に引き出すことができ、思考の材料として活用できるからです。
また、記憶に定着した知識は、新しい情報を理解する際の土台となります。
基礎的な知識が記憶に定着していることで、より高度な内容もスムーズに理解できるようになります。
これからも、記憶の特性を理解し、それを活かした効果的な学習方法を模索し続けていきたいと思います。
74パーセントという数字は驚くべきものでしたが、それを知ることで、より良い教育のあり方を考えるきっかけを得ることができました。
学習は一人で行うものではありません。
教える側と学ぶ側が協力し、記憶の特性を理解し、それに適した方法で取り組むことで、より効果的で持続可能な学習が実現できるのです。
一緒に工夫を重ね、確実な学びを積み重ねていきましょう。