
中小企業の現場で、こんな光景を目にしたことはありませんか。
長年仕事に携わってきたベテランの方が、若手には理解できない速さで的確な判断を下していく様子を。
「なぜそう判断したんですか」と尋ねても、「まあ、経験だよ」と一言で片付けられてしまう。
実はこの現象、多くの企業が抱える大きな課題なのです。
ベテランの方々が持つ判断力は、決して魔法ではありません。
何年も、時には何十年もの間に積み重ねてきた経験から生まれた"勘"なのです。
この勘は、数え切れないほどの成功と失敗を繰り返しながら、無意識のうちに培われてきた貴重な財産と言えるでしょう。
問題は、その勘が本人の中にだけ存在していて、他の人には見えないということです。
言い換えれば、組織にとって最も重要な資産が、個人に依存したままになっているのです。
たとえば、ある製造業の現場で20年以上働いてきた方は、機械の音を聞いただけで異常を察知できます。
しかし若手に「どうしてわかるんですか」と聞かれても、うまく説明できないことが多いのです。
それは当然のことで、その判断は言葉になる前の、感覚的なレベルで行われているからです。
とはいえ、このままではベテランの方が退職したとき、その貴重な勘も一緒に消えてしまいます。
このような状況を放置すれば、組織は大きな損失を被ることになるでしょう。
ここで大切になってくるのが、"判断基準の言語化"という取り組みです。
これは、ベテランの方が無意識に行っている判断プロセスを、「こういう状況では、こう考える」という形で言葉にしていく作業を指します。
一見すると難しそうに思えますが、実際にはそれほど複雑ではありません。
日々の業務の中で、少しずつ対話を重ねていくことで実現できるのです。
具体的には、ベテランの方と若手が一緒に仕事をしながら、判断の瞬間を捉えて対話を重ねていくのです。
「今、なぜAではなくBを選んだのですか」「この数字を見て、どんなことを考えましたか」といった問いかけを通じて、ベテランの方自身も自分の思考プロセスを客観的に振り返ることができます。
この対話を続けることで、徐々に判断基準がクリアになっていくのです。
実際に、ある企業では営業部門でこの取り組みを始めました。
50代のベテラン営業担当者が、なぜある顧客には積極的に提案し、別の顧客には様子を見るのか。
その判断基準を言語化したところ、「顧客の問い合わせ頻度」「質問の具体性」「決裁者との面談回数」といった複数の要素を組み合わせて判断していることが明らかになりました。
この基準を若手に共有した結果、3ヶ月後には若手の商談成約率が15パーセント向上したそうです。
この言語化によって得られる効果は、若手の成長だけではありません。
ベテランの方にとっても、自分の判断プロセスを見直す良い機会になります。
時には、長年の習慣で続けてきた判断が、実は今の状況には合っていないことに気づくこともあるでしょう。
つまり、組織全体の判断力が底上げされていくのです。
さらに言えば、この取り組みは企業の財産を形成することにもつながります。
ベテランの方の勘が言葉として残れば、それはマニュアルやガイドラインとして次の世代に引き継がれていきます。
人の入れ替わりがあっても、組織の判断力は維持されるのです。
これは、長期的に見れば企業の競争力を大きく左右する要素と言えるでしょう。
とはいえ、判断基準の言語化には時間がかかります。
一朝一夕でできることではありません。
それでも、今日から少しずつ始めることはできます。
まずは、ベテランの方と若手が一緒に仕事をする機会を意識的に作ること。
そして、判断の瞬間を見逃さず、「なぜですか」と問いかける文化を育てること。
この二つから始めてみてはいかがでしょうか。
小さな一歩が、やがて大きな変化をもたらすのです。
相模原市で中小企業のデジタル化支援を行っている私たちは、この判断基準の言語化を大切にしています。
IT導入やデジタルツールの活用も重要ですが、それ以上に人の知恵をどう残し、どう伝えていくかが企業の未来を決めると考えているからです。
全国で2000社以上の企業と向き合ってきた経験から、この対話の重要性を強く実感しています。
ベテランの方の勘は、決して神秘的なものではありません。
それは言葉にできるものであり、次の世代に引き継げるものです。
そして、その言語化のプロセスこそが、若手の成長スピードを加速させる最も確実な方法なのです。
あなたの職場には、まだ言葉になっていない貴重な勘がたくさん眠っているかもしれません。
それを掘り起こし、組織の財産に変えていく。
そんな取り組みを、今日から始めてみませんか。