プログラミングを学ぼうとして、途中で手が止まってしまったことはありますか。
画面を前にして、「自分には向いていないのかもしれない」と感じた夜が、一度や二度ではなかった人も多いのではないでしょうか。
実は私自身も、かつてそういう場所に立っていました。
小学生の頃からパソコンに触れ、IT技術の世界に飛び込んだものの、エンジニアとして働くなかで完全に燃え尽きてしまった時期があります。
体が動かない、気力が湧かない、あれほど好きだったコードを書くことすら億劫になっていた。
そのときの感覚は今でも鮮明で、「努力したのに報われなかった」という感情が、ひどく重くのしかかっていたものです。
だからこそ、今の立場から言えることがあります。
プログラミング講師として、これまで数えきれないほどの受講者と向き合ってきました。
年齢も、バックグラウンドも、目標もまったく異なる方たちです。
右も左もわからないまま受講を始めた人、副業のために一から学び直した社会人、子育ての合間に時間を捻出してコードと格闘していた方。
さまざまな場面を間近で見てきて、ある確信が生まれました。
一生懸命に取り組んだ人が、後悔しているのを見たことがないのです。
これは慰めの言葉ではありません。
講義の現場で積み重ねてきた、紛れもない実感です。
挫けかけた人も、何度もエラーに悩まされた人も、「もうやめようか」と漏らしながら翌週もパソコンを開いていた人も、続けた人は必ず何かをつかんでいました。
完璧に習得できたかどうか、ではありません。
続けたという事実そのものが、その人の中に確かな土台を作っていくのです。
とはいえ、継続するのは簡単ではないことも知っています。
忙しい日常の中でまとまった時間を取るのは難しく、少し間が空くだけで「もう遅れてしまった」という焦りに飲み込まれる。
そういう状況は、決して特別なことではありません。
むしろそれが普通の状態なのだと、私は思っています。
完璧なコンディションを待ち続けていたら、始められる日は永遠に来ないでしょう。
それでも続けた人が強いのは、才能があるからではありません。
やめなかったから、です。
プログラミングの学習は、積み上げた時間が正直に反映される分野です。
昨日理解できなかった構文が、今日突然腑に落ちる瞬間がある。
その「ああ、そういうことか」という感覚の積み重ねが、半年後、一年後に見える景色を大きく変えていきます。
私自身がうつ状態から立ち直り、IT企業の研修講師という仕事に出会ったのも、結局は「もう少しだけやってみよう」という小さな継続の連続でした。
劇的な転換点があったわけではありません。
ふと気づいたら、以前よりも少しだけ前に進んでいた。
そういう地味な積み重ねが、気がつけば自分の人生の方向をがらりと変えていたのです。
あの頃の自分に教えてあげたい。
諦めなくてよかった、と。
さて、あなたは今どんな場所に立っていますか。
学習を始めたばかりで手探り状態にある人も、一度挫折して再挑戦を考えている人も、ここで問いたいのはたった一つです。
続けることを、あきらめていませんか。
実のところ、プログラミングに限った話ではないかもしれません。
何かを身につけようとするとき、最も大切なのは才能でも環境でもなく、やり続けるという選択を何度も繰り返すことではないでしょうか。
うまくいかない日があっても、立ち止まる日があっても、また開いてみる。
その繰り返しが、いつの間にか「できる自分」を作り上げていくのです。
だからこそ、私は今日もこう伝え続けます。
とにかく実行あるのみ、です。
難しく考えなくていい。
完璧でなくていい。
ただ、続けてください。
努力が無駄になる瞬間を、私はまだ一度も見たことがありませんから。
ひとつ聞かせてください。
あなたが「もうだめかもしれない」と思いながらも続けてきたことは、何ですか。
プログラミングでなくても構いません。
仕事でも、趣味でも、人間関係でも。
そこに、あなた自身の答えが隠れているはずです。
継続してきた自分を、もう少しだけ信じてみてください。
私がこうして発信を続けているのも、同じ理由からです。
うまくいかない日も、反応が薄い日も、それでもまた書く。
その積み重ねの中にしか、伝わるものは生まれないと思っているから。
あなたの努力も、きっと同じように、確かな形になっていくはずです。
諦めなければ、必ず。
もしあなたの周りに、プログラミング学習に悩んでいる人がいたら、ぜひこの話を伝えてもらえると嬉しいです。
「続けている限り、後悔した人を見たことがない」という言葉が、誰かの背中を少しだけ押せるなら、こうして書いてきた時間に意味が生まれます。
学びを諦めようとしているすべての人へ、それだけを届けたくて、今日もキーボードを叩いています。
あなたの継続は、絶対に裏切りません。
どうか、続けてください。