プログラミングを教えていて、受講者から最もよく聞かれる質問があります。
「どうすれば、もっと良いコードが書けるようになりますか」という問いです。
この質問に対して、私はいつも「まず名前を大切にしてください」と答えています。
なぜ名前付けが重要なのでしょう。
それは、コードを書く時間よりも読む時間の方が圧倒的に長いからです。
実際、ある調査によれば、プログラマーはコードを読む時間が全体の70%を占めるといわれています。
つまり、読みやすいコードこそが、チーム全体の効率を左右する鍵になるわけです。
講義の中で、こんなエピソードをよく紹介します。
相模原市内のある企業で研修を担当したときのことです。
その会社では、変数名に「data1」「temp」「x」といった曖昧な名前が多用されていました。
新しく入った社員が既存のコードを理解するのに、毎回2週間から3週間かかっていたそうです。
ところが、チーム全体で命名規則を見直し、変数には「顧客情報リスト」「一時保存用の注文データ」「横軸の座標値」といった具体的な名前をつけるようにしたところ、新人の理解時間が1週間以内に短縮されました。
さらに、バグの発見率も30%向上したのです。
名前付けで意識すべきポイントは明確です。
誰が見ても、その変数や関数が何をするものなのか一目で分かる名前にすることでしょう。
たとえば「calculate」という関数名よりも「calculateMonthlyRevenue」の方が、月次売上を計算する関数だと瞬時に理解できます。
クラス名なら「Manager」ではなく「CustomerOrderManager」のように、管理対象を明示すると良いですね。
とはいえ、名前付けだけで良いコードになるわけではありません。
スコープの設計も同じくらい重要です。
変数のスコープは可能な限り狭く保つこと。
これは講義で必ず伝えるルールの一つでもあります。
スコープを狭くする理由は何でしょうか。
変数が影響を及ぼす範囲が広いと、どこでその変数が変更されたのか追いかけるのが困難になります。
デバッグに何時間もかかってしまい、結局は広すぎるスコープが原因だったという経験は、エンジニアなら誰しも一度は味わっているはずです。
関数内で使う変数は関数内だけで宣言する、ブロック内で完結する変数はブロック内に閉じ込める。
こうした小さな心がけが、後々の保守性を大きく左右します。
分岐処理についても触れておきましょう。
ifやswitchを使った条件分岐は、できるだけシンプルに保つべきです。
ネストが深くなればなるほど、コードの可読性は急激に低下します。
受講者の中には「5段階以上ネストしたコードを見て、何をしているのか全く理解できなかった」と嘆く方もいました。
実のところ、私自身も過去に同じ失敗をしています。
エンジニアとして働いていた頃、複雑な業務ロジックをそのままコードに落とし込んだ結果、if文が7層にも重なったコードを書いてしまいました。
動作はしていましたが、後から修正しようとしたときに自分でも理解できず、結局すべて書き直す羽目になったのです。
あの経験があったからこそ、今は受講者に「分岐は浅く、シンプルに」と強く伝えています。
では、どうすれば分岐をシンプルにできるでしょう。
一つの方法は、早期リターンを活用することです。
条件を満たさない場合は早めに関数から抜けることで、ネストを減らせます。
また、複雑な条件式は別の関数に切り出して、意味のある名前をつけるのも効果的でしょう。
「isValidCustomer」や「hasActiveSubscription」といった関数名にすれば、条件の意味が一目瞭然になります。
同じ処理を何度も書かないことも、良いコードの基本です。
コピー&ペーストで似たようなコードを量産してしまうと、修正が必要になったときに全ての箇所を探して直さなければなりません。
これでは工数が増えるだけでなく、修正漏れによるバグの温床にもなります。
ある受講者は、同じ処理を10箇所にコピーしていたそうです。
ところが仕様変更があり、すべての箇所を修正する必要が出てきました。
結果として3箇所で修正漏れが発生し、本番環境で不具合が起きてしまったとのこと。
その後、共通処理を一つの関数にまとめることで、同じミスを繰り返さずに済むようになりました。
関数やクラスは小さく作ることを心がけてください。
一つの関数が100行を超えたら、分割を検討する良いタイミングです。
クラスも同様で、責任が多すぎると感じたら、別のクラスに分けることを考えましょう。
小さく作る利点は、テストがしやすくなることです。
単一の責任を持つ関数やクラスなら、テストケースも明確になります。
また、再利用もしやすくなるでしょう。
大きな関数を丸ごと別の場所で使うのは難しいですが、小さな関数なら組み合わせて使えます。
さて、ここまで読んでくださった方の中には「コメントは不要なのでは」と思う方もいるかもしれません。
確かに、コードが完璧に読みやすければコメントは最小限で済みます。
それでも、必要な箇所にはコメントを残すべきです。
どんな場面でコメントが必要でしょうか。
まず、なぜその実装を選んだのか、理由を説明するときです。
一見すると遠回りに見える処理でも、パフォーマンス上の理由や過去の不具合対策として必要な場合があります。
そうした背景をコメントに残しておけば、後から見た人が「なぜこう書いたのか」を理解できます。
また、複雑なアルゴリズムや、外部仕様に依存する部分も、コメントで補足しておくと親切です。
ふと思い出すのは、以前担当した企業の研修で出会ったベテランエンジニアの言葉です。
「コードは未来の自分へのラブレターだ」と彼は言いました。
3ヶ月後、半年後の自分が読んだときに、すぐに理解できるコードを書くことが、最高の自己投資だというのです。
その言葉を聞いて以来、私も受講者にこのメッセージを伝えるようにしています。
読みやすいコードを書くことは、決して難しいことではありません。
名前を丁寧につける、スコープを狭く保つ、分岐をシンプルにする、同じ処理はまとめる、関数やクラスを小さく作る、必要な箇所にコメントを残す。
これらは、どれも今日から実践できる内容です。
相模原市でプログラミング講師をしていると、地域の中小企業の方々と接する機会が多くあります。
IT人材の育成に悩んでいる企業は少なくありません。
そんな中で、基本的なコーディングの習慣が身につくだけで、チーム全体の生産性が目に見えて向上する様子を何度も目の当たりにしてきました。
あなたのチームでは、コードの読みやすさについてどれくらい意識していますか。
もし「なんとなく書いている」という状態なら、今日からでも変えることができます。
まずは変数名を見直すことから始めてみてください。
それだけで、明日のコードレビューが驚くほどスムーズになるかもしれません。
コードは、人と人をつなぐコミュニケーションツールです。
書いた本人だけが理解できるコードは、チームの中で孤立してしまいます。
一方で、誰もが読みやすいコードは、チーム全体の知識として共有され、組織の財産になります。
良いコードを書く習慣は、一朝一夕では身につきません。
それでも、毎日少しずつ意識することで、確実にスキルは向上します。
講義の中で受講者に伝えているのは、完璧を目指すのではなく、昨日の自分よりも少しだけ良いコードを書くことです。
その積み重ねが、半年後、1年後に大きな差となって現れます。
プログラミングの世界では、技術は日々進化しています。
新しいフレームワークやライブラリが次々と登場し、学ぶべきことは尽きません。
けれども、読みやすいコードを書くという原則は、どんな時代にも変わらず重要です。
この基本を大切にすることが、長くエンジニアとして活躍し続けるための土台になるでしょう。
最後に、もう一つだけお伝えしたいことがあります。
コードの読みやすさは、あなた自身の成長の証でもあるのです。
初心者の頃は、動くコードを書くだけで精一杯でした。
経験を積むにつれて、読みやすさや保守性を考える余裕が生まれます。
今日紹介したポイントを意識することで、あなたのコードは確実に次のステージへと進むはずです。